東日本大震災被災地を訪ねて

福島県 双葉町

【概要】

   視察を行ったのは下記の通り。

    ・震災9年半後(2020年8月下旬)

      ・震災10年後(2021年4月末)

 

  双葉町は、北は浪江町、南は大熊町と接しており、福島第一原子力発電所は双葉町と大熊町の境界にある。北部沿岸は前田川流域に農地が広がり、南部は断崖が続き福島第一原子力発電所に至る。津波高は不明であるが、低地の沿岸部では津波高は海抜10m、南部は福島第一原子力発電所の防潮堤で上がった50m近い水しぶきから考えて、断崖での遡上高は30m近いと思われる。公開されている映像から北部の中浜、両竹地区は壊滅的な被害である。なお、双葉町全体の死者(直接死)・行方不明者は20名である。

なお、2021年3月時点の人口は約6,700人、居住者はゼロで、双葉町役場もいわき市にある。

 

【視察報告】

震災後、長い間、立入禁止のため視察は行えなかったが、国道6号(2014年9月全線開通)、常磐自動車道(2016年3月全線開通)を通行することができ、国道6号を浪江町から南下して双葉町に入るとまもなく左手に双葉厚生病院が見える

 

震災9年半後(2020年8月下旬)富岡町から宿泊場所の南相馬に移動し、翌朝に南下して大熊町に入り、その後に双葉町に移動した。最初に双葉駅の南にある双葉高校(原発避難の集合場所となった)を見て、次に再開したJR双葉駅と周辺を視察した。その後、駅の西側にある双葉北小や双葉中を見て駅の東側に回った。駅の東側は双葉厚生病院、看護学校、介護施設等が集まっているが、当然稼働していない。双葉町役場もいわき市に移転したまま閉館している。双葉駅から東側には道路が伸び、原子力災害伝承館や双葉産業交流センターが建設されており、まもなくオープンする。その後は沿岸部を通って浪江町へ移動した。

 

 震災10年後(2021年4月下旬)は浪江町の沿岸部を南下して双葉町に入った。両竹には福島県復興祈念公園の説明図と見晴台があり、用地の整備状況を確認してから原子力災害伝承館に向かった。周囲には工事機材レンタル会社カナモトの資材置き場などの建設系会社の拠点や、作業者向けのビジネスホテル「ARM・FUTABA」がある。原子力災害伝承館の1階ロビーには中間貯蔵施設の説明図などがあるが、ロビーから先の入館は有料である。国民全体へ被害(迷惑)を出し、かつ国民の税金で作られた国民への伝承館が有料(商売)とは驚きである。私は中には入らないが、聞くところでは中では撮影禁止とのこと。ところで原子力災害伝承館の裏を通ると、「原子力明るい未来のエネルギー」の看板や津波で被災した消防車両の実物が屋外に置かれて(放置?)されているが、ぜひ展示すべきと思われる(おそらく、しばらくのうちに撤去されると思われる)。続いて双葉町産業交流センターを視察した。産業交流センターの入居企業を見ると実質は東京電力・復興本社である。なお産業交流センター前では芝刈りロボット(後方は被災したままの建物)が働いていた。なお、この場所は福島第一原発から約3kmですぐに中間貯蔵施設があるが、ここからは全く見えない。この後は双葉駅方向に向かい、「原子力明るい未来のエネルギー」の看板が設置されていた同じ場所で「原子力「破滅」未来のエネルギー」と書かれた抗議ポスターを見つけた。次に双葉駅周辺の状況を視察した。東口にはシャトルバス(双葉駅東口~伝承館)があり、カーシェア・レンタカーも設置されていた。駅の西側に向かうと、途中にあるまどか保育所は当然休止しており、新たな跨線橋は工事中で、双葉駅西側も工事中で近づけなかった。続いて大熊町に向かった。

 

2017年4月26日

2020年8月24日

2021年5月3日