東日本大震災被災地を訪ねて

福島県 大熊町

【概要】

   視察を行ったのは下記の通り。

  ・震災8年後(2019年4月末)

    ・震災9年半後(2020年8月下旬)

      ・震災10年後(2021年4月末)

 

  大熊町は、北は福島第一原子力発電所で双葉町と接し、南は富岡町と接している。沿岸部は全体に断崖が続き、南部の熊川流域に農地が広がる。津波高は不明であるが熊川流域で津波高は海抜10m、その他の断崖では福島第一原子力発電所の防潮堤で上がった50m近い水しぶきから考えて、遡上高は30m近いと思われる。大熊町全体の死者(直接死)・行方不明者は11名で、熊川流域の方々と予想される。なお、原発事故での避難において多くの犠牲者を出した双葉病院(書籍に「なぜ院長は『逃亡犯』にされたのか」がある)および関連の介護施設は大熊町にある。

なお、2021年5月時点の人口は約1万人、その内、町内居住者は約300人、住民登録のない方(作業者など)を含めると約900人である。

 

【視察報告】

双葉町と同様に、震災後、長い間、立入禁止のため視察は行えなかった。

 

震災8年後(2019年4月末)は富岡町から北上し、大熊町へ入り、国道6号の三角屋交差点付近にできた中間貯蔵工事情報センターに立ち寄ったが休館日であった。続いて2週間前に開庁した大熊町役場と周辺の住宅の整備状況を見て大野駅に戻った。大野駅近くの大野病院はまだ開いていない。

 

震災9年半後(2020年8月下旬)は富岡町から宿泊場所の南相馬に移動し、翌朝に南下して大熊町に入った。大熊町では大川原地区に町役場が完成(2019年4月14日)、周囲に住宅が整備され始めていて、2020年4月には介護施設「おおくまもみのき苑」も開設された(元は福島第一原発に最も近かった介護施設「サンライト大熊」)。しかし、生活に必要な医療施設、小中学校などはなく、商店も町役場近くの小さな仮設店舗のみである。JR大野駅が再開したが、駅周辺も歩くことはできず、駅と大川原地区の間の一本道を車で移動できるだけで、双葉病院等の視察はできない。続いては双葉町に向かった。

 

震災10年後(2021年4月下旬)は双葉町から大野駅東口に向かった。東口駅前には何もない。西口に廻ると、駅前に線量計の貸し出しがあり、駅からは循環バスもあって1日に6便、大川原の町役場に行くことができる(その内、3便は富岡町の病院や商業施設「さくらモール」にも行く)。ただし、決められた道路以外はバリケードで封鎖され立ち入ることはできない。大熊町役場の近くには、生活に必要な店舗街ができており、交流施設+温浴施設も建設が進んでいる。近くにも公営住宅の建設が進んではいるが、町内居住人口から考えて、ビジネスとして成り立つかは疑問である。

 

2019年4月30日

2020年8月23日

2021年5月3日